18.横浜毎日新聞 展示室2
[見学のポイント]
横浜毎日新聞は、貿易に携わる商人に内外の情報を伝えることを目的とした、日本で最初の近代的な日刊日本語新聞であることが分かる。


横浜毎日新聞
明治3年12月8日付で横浜活版社から創刊された、日本で最初の近代的な日刊日本語新聞である。当時の神奈川県令井関盛良(もりとめ)の主唱で横浜商人の出資によって実現した。貿易に携わる商人たちに、いち早く内外の情報を伝えることを目的としていた。明治12年(1879)には本拠地を東京に移し、政論新聞の性格を強めた。
[写真]創業当時の横浜毎日新聞社
本町6丁目にあった横浜活版社から新聞の経営を受け継いだ横浜毎日新聞社は、明治6年(1873)に隣接地に社屋を新築する。写真は当時新築された社屋で、注目を集める西洋館だった。
[写真]新聞小政
弁天通4丁目で新聞取次業を営んでいた安藤政次郎は、襟に「新聞小政」と染め抜いた印半纏(しるしばんてん)姿で黒塗のはさみ箱をかつぎ、鈴を鳴らして市中で新聞を売り歩いた。その粋な姿は東京でも評判となった。
[複製]「横浜新報 もしほぐさ」
アメリカ人ヴァンリードが岸田吟香の協力を得て、横浜居留地で発行した新聞。「横浜毎日新聞」が創刊される以前の日本語新聞は、このような木版刷りで和綴じの冊子であった。
[複製]横浜毎日新聞
新聞の読者は日本各地に広がり、群馬県で発見された創刊号をはじめとし、横浜から離れた場所で原紙が見つかることも多い。これは佐賀県に江戸初期から続く製薬所の倉庫で、木箱の下敷きとなって残されていた。