横浜市開港記念館

[見学のポイント]

ヘボンは、宣教師として来浜し、医療や教育などで献身的に活動した人であることが分かる。


外国人宣教師

横浜開港とともにキリスト教布教のため多くの宣教師が来浜した。かれらは伝道活動のなかで、医療や教育に尽力し、ミッション・スクールの基礎を築いた。なかでもアメリカ人宣教医のヘボン博士は、開港の年に夫人とともに来日し、横浜で33年間、施療・教育・辞書編纂・聖書翻訳と献身的に活動して信望を集めた。

[写真]谷戸橋のたもとの旧ヘボン邸

手前が山手、橋の向こう側が山下町。正面の寺院園の建物が1862年(文久2年)にヘボンが新築した自宅。ヘボンはここで施療所を開き、夫人は英学塾を開いた。

[写真]ヘボン夫妻

明治23年(1890)の金婚式の記念写真。夫妻は当時山手245番に住んでおり、ヘボンは明治学院の初代総理をつとめていた。

[復刻版]和英語林集成

ヘボンが来日以来7年の歳月をついやして完成した、日本で最初の本格的な和英辞典。明治期を通じて版を重ね、日本人の英語学習にも多大な貢献をした。3版から採用されたローマ字つづりはヘボン式と呼ばれるようになり、今も広く使われている。

[複製]ヘボン夫人の横浜からの手紙

ヘボンの弟スレーターの妻アンナにあてたもの。自宅の英語塾で「私はまだ薫三郎(林薫)を教えています。彼はかなりよくできます。生徒のなかの二人が遣欧使節に随行していきました。」と書いている。夫人の塾ではほかにも若き日の高橋是清、益田孝らが学んだ。


  1. 街は語る -開化ヨコハマ-
  2. 文書に見る横浜商人の活躍
  3. 古写真に見る関内の街並み
  4. 絵葉書に見る街の賑わい
  5. 地図に見る横浜市の形成
  6. 新聞
  7. 横浜写真
  8. 鉄の橋(かねのはし)
  9. 横浜市役所
  10. 中華街
  11. 石鹸工場
  12. 山手と元町
  13. 外国人宣教師
  14. 外国人居留地
  15. 大桟橋
  16. 運上所
  17. 貿易港横浜
  18. 横浜毎日新聞
  19. 新港埠頭
  20. 横浜ステーション
  21. 明治末年の横浜港