12.山手と元町 展示室2
[見学のポイント]
外国人の住宅地として発展してきた山手と、外国人の生活を支える商人の街として発展してきた元町の様子が分かる。


山手と元町
商業地の山下居留地に対し、山手居留地は住宅地であり、学校、劇場、病院、公園、墓地などが設けられた。山手のすそに広がる元町は、居留地建設のため立ち退きを迫られた横浜村住民が移り住んでできた町で、外国人の生活を支える商人の町として発展し、日本人に西洋の生活文化を伝える役割も果たした。
〈表〉[写真]山手風景
山手地区は1867年に外国人の住宅地として居留地に編入された。ちらほら西洋館が建ちはじめた頃の光景。
〈裏〉[写真]元町
通りには外国人向けの商店が並ぶ。右手には手前から横浜美術写真館、パン屋の宇千喜(うちき)、牛肉屋の米久の看板が見える。
〈表〉[写真]ブルーム邸
ウィトコフスキー商会経営者アンリ・ブルーム氏の邸宅。山手241番地。長男ポール・ブルームの日本関係蔵書は当館に移譲され、閲覧公開されている。
[実物]ジュラール煉瓦
この煉瓦は、ヨーロッパ系煉瓦の特徴である平面のくぼみに、ジェラールの名と月桂樹の文様があしらわれている。ジェラール煉瓦は現存数が少なく、このように鮮明な刻印のものは他に例を見ない。
[実物]ジュラール瓦
フランス人アルフレッド・ジェラールは、明治初年に現在の元町公園内、旧山手居留地77番地に瓦・煉瓦工場を開いた。この瓦は初期のもので、明治6年(1873)の製造。
[実物]山手80番館出土品
中区元町公園内に残る80番遺構を発掘した際に出土した化粧タイルとビン類。80番館は関東大震災で倒壊したと思われるが、山手に暮らす外国人の生活の一端を伝える資料である。