横浜市開港記念館

「生麦村諸用留」と、後付けされた表紙(右)

戦後の『横浜市史』編集事業は、1954年(昭和29)より始まり、58年にその第1巻が刊行されている。その「横浜市史編集室」の丸印が押された文書群が館蔵諸文書にある。この印は、総務局市史資料室(旧横浜市史編集室)に残されている。

 「文久3年 生麦村諸用留」と題された文書は、表紙をひらくと文久3年・元治元年・慶応元年の生麦村(現在鶴見区)の御用留が合綴されていることが表記されている「諸用留」である。当該各年の生麦村の御用留は、別に関口詮家文書にある。

 表紙をつけて製本された時期と、文書に貼付されたラベルであるが、今日ではそれがいつのものかはわからない。このような体裁の文書としては、「武州金沢領須崎村百姓連印帳」と題された、文政10年「組合村々取締方其外共連印書付」など、館蔵諸文書に少なからず存在する。

 さらに「横浜市史編集室」印のある文書の事例としては、ペリー来航を中心に対外関係の文書を筆写した「外国船渡来 亜国使節応接 海外行書類」や、イギリス・ロシアとの交渉や事件を書き留めた安政7年の「異変一件」などがある。これらは、「横浜市史編集室」印のほかに、「横浜市図書館」の押印、「横浜歴史年表編纂室へ移管」と記載があり、図書館→横浜歴史年表編纂室→横浜市史編集室→横浜開港資料館へと移管されてきた経緯がわかる。

このほか、実際に『横浜市史稿』『横浜市史』に使われた資料が伝来している。戦前に刊行された『横浜市史稿 産業編』口絵掲載の文化8年「御本丸御菜猟初穂魚通帳 生麦浦」や『風俗編』口絵「高島町岩亀楼開業広告」、『政治編3』口絵「横浜野毛山十全医院正面之図」や、戦後の『横浜市史』第1巻に使われた『川上村誌 〔稿本〕』(大正4年)などは、現在館蔵諸文書として整理されている。もちろん、印刷された資料は複数存在することもありうるが、口絵と現在の収蔵資料とは基本的に同一のものと思われる。

館蔵諸文章の例:横浜の外商が日本生糸の粗製濫造を批判した刷物 明治初年