横浜市開港記念館

  これより前、経済雑誌社『史海』24号(明治26年6月)に朶撫流散史「英国宮中の敗徳」が掲載されている。同誌には、渡辺名で幾つか西欧近世の王室裏面史に関する論考があり、実名と並行して「朶撫流」「江朶撫流洲」「朶撫流散史」などの筆名を用いていたようだ。

  渡辺の著作は、明治8年(1875)8月29日『郵便報知新聞』への投書まで遡ることが出来る。言文一致の立場から国語を仮名文字に統一すべきことを論じたものだ。いま、新聞雑誌への寄稿を含めその著作活動の全貌を明らかにすべくも無いが、著編書一覧を作成してみた。著作数も膨大であるばかりでなく、期間は明治10年代から昭和戦前期までの60余年間に渡り、分野も明治史、西欧史、外交、文明、軍事、伝記、翻訳など学術研究から、英独の語学や会話、就職手引きなどハウツー物まで多岐にわたる。その一一を紹介しないが、(4)『日本外交始末』や(47)『阿部正弘事蹟』など、今日に復刻されている文献も多い。また、(36)(37)及び(48)の編著は、幕末に流布した「元治夢物語」諸本と、アーネスト・サトウによる英訳本を校訂復刊したもの。その序文で、サトウ訳が原文に極めて忠実丁寧で「真ニ和文英訳ノ好模範」と讃え、往時サトウから英訳本を贈られたと述べ、また再刊を歓迎し校訂を一任する旨「北京英国公使館信友アーネスト・サトウ」の来簡訳文を掲載し、かねて旧知の間柄を披瀝している。

国会図書館、横浜中央図書館、明治新聞雑誌文庫の各所蔵目録から作成。
(*)44は偉人研究叢書9、他に大石良雄・渡辺崋山・新井白石・徳川光圀・大久保利通・木戸孝允・坂本龍馬の各言行録を執筆した。

(佐藤 孝)