「開港のひろば」第87号 |2005(平成17)年2月2日発行
1859(安政6)年、横浜が開港すると、横浜は国内有数の貿易港として発展し、国内外から多くの人が移り住みました。異国情緒溢れる街並みや外国人の習俗は、人々の興味をひき、開港場横浜は、江戸近郊の行楽地としても知られるようになりました。そして『横浜土産』1860・61(万延元・文久元)年や『横浜開港見聞誌』1862・65(文久2・慶応元)年など、横浜本といわれる横浜の案内記が多数刊行されました。
明治30年代後半になると、京浜電気鉄道や横浜電気鉄道など電気鉄道の敷設が進み、東京と横浜間の往来は、1872(明治5)年に敷設された鉄道だけではなく、電車によっても行き来することが出来るようになりました。東京から横浜への旅がより手近になり、横浜が東京近郊の身近な観光地となったころ、横浜に関する案内記の刊行が、再び盛んになります。そして観光や商業目的で横浜を訪れる人々のために出版されたこれらの案内記には、単に名所旧跡だけではなく、活気溢れる街の賑わいが記されています。
今からちょうど100年前の1905(明治38)年、「富の港の隆盛を綴り、以て当市遊覧の人の便に供せんとす」と1冊の案内記が刊行されました。『横浜案内』と題するその案内記には、横浜の見どころがコンパクトにまとめられています。そして本書には3つの市内遊覧コースが記されています。1つは横浜停車場(現桜木町駅)から紅葉坂を通って伊勢山へ行き横浜の眺望を楽しむコース、2つ目は、横浜停車場から本町通り・海岸通りを通って山手、中華街をめぐり、尾上町または住吉町を通って、馬車道・吉田橋・伊勢佐木町に至る関内・伊勢佐木町コース、3番目のコースは横浜停車場から内田町・高島町を経て神奈川停車場に至り、権現山・高島邸から眺望を楽しむ神奈川方面コースです。これらの遊覧コースは、今日でも徒歩で巡覧することができ、横浜の開港以来の歴史を肌で感じることのできる観光ルートです。
案内記の刊行が盛んになるころ、郵便規則制定により私製葉書の作製・使用が認められ、絵葉書が広く普及しました。今回の展示では、『横浜案内』に記された関内・伊勢佐木町コースをたどりながら、100年前の横浜の町並みと見どころを、当時作成された絵葉書や古写真を用いて、紹介します。
(石崎康子)