横浜市開港記念館

前回の企画展「100年前の旅行アルバム―外国人が撮ったニッポン」展では、展示オープン後に急遽「番外編」を追加することになった。

 というのも、E. N. ランバート氏旧蔵の個人写真アルバム11冊のなかには、旅行写真ばかりでなくフットボールなどスポーツの写真もあると本誌で紹介したところ、早速取材をうけたからである。サッカーのワールドカップ開催を目前にしてなにかと関心が高まっていた時期であった。

 実際、ランバートのアルバムを見ると、旅行好き、カメラ好きに加えて、スポーツ、バイク、車の大好きな行動派だったことがわかる。展示担当の筆者はスポーツ史には暗いのだが、良い機会でもあり、番外編のスポーツ・コーナーを急ぎ製作したという次第である。展示資料目録にも収録できなかったので、ここで紹介しておきたい。

ランバートのアルバムは1905年(明治38)2月の来日から1913年までのもの。最初横浜のコーンズ商会に勤め、1907年6月に同商会の神戸店に転勤。1909年末に一時イギリスに戻るが、翌年夏に再来日し、大阪のL.
J. ヒーリング商会に勤務している。

 そのころ横浜や神戸にはまだ外国人居留地の雰囲気が色濃く漂っていた。外国人のあいだでは旧居留地時代からスポーツが盛んで、ヨットやボート、競馬、テニス、クリケット、ラグビー、サッカーなど、さまざまな愛好者がいた。

 スポーツ団体も各種組織されたが、その中心的な存在が、ヨコハマ・クリケット&アスレティック・クラブ(YC&AC)だった。1884年(明治17)にクリケット、フットボール、野球、アスレティックの各クラブが合同してできたクラブで、1912年に横浜カントリー&アスレティック・クラブと改称して現在にいたっている(当館編『横浜外国人居留地』、有隣堂、1998年刊)。

 ランバートもこのクラブに入ってクリケットやサッカーを楽しんでいた。同クラブの年次総会にも出席している(Japan
Weekly Mail, 1906. 3.3)。

神戸にもコーベ・レガッタ&アスレチック・クラブやコーベ・クリケット・クラブがあって、横浜と神戸のインターポート試合(港対抗試合)は毎年恒例の行事となっていた。ランバートのアルバムにもこの対抗試合の写真がよく登場する。

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 写真(1)は1906年2月、横浜公園のグラウンドでおこなわれた横浜・神戸対抗ラグビー試合。プレー中の写真としてはかなり早期で貴重なものという。グラウンドは前日の雪でぬかるみ、選手は最後には敵味方の区別もつかないくらい泥だらけとなったと報道されている。6対3で横浜の勝利。ランバートは出場していない(Japan Weekly Mail, 1906.2.17)。

 写真(2)は1906年3月、神戸でおこなわれた横浜・神戸対抗サッカー試合のヨコハマ・イレブン。中列左から二人目にランバートの姿がみえる。

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 写真(3)は1908年3月7日、神戸でおこなわれた横浜・神戸対抗サッカー試合。すでに神戸に移っていたランバートも神戸のイレブンに名を連ねていた。しかし土砂降りの雨でグラウンドも選手も泥だらけ。結局ノーゴールで引き分けとなった。試合の前には選手に選ばれなくてがっかりしていたプレーヤーも、もはや落胆はしていなかったという(Japan Weekly Mail, 1908.3.14)。ちなみにこの写真で見ると、ゴールにネットがないようである。

 このほか展示では紹介できなかった写真にも貴重なものがいろいろある。これらの写真アルバムは複製を作成してあるので、閲覧室でご利用いただきたい。

(伊藤久子)

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