「開港のひろば」第77号 |2002(平成14)年7月31日発行
(4) Basil Hall, Account of a voyage of discovery to the west coast of Corea, and the Great Loo-Choo Island. 1818.[L. VIII. 7]
1816年、艦長バジル・ホール率いるイギリス軍艦ライラ号Lyraが、アルセスト号Alcesteとともに那覇に投錨し、琉球国王への謁見を要請したが、謝絶された。
航海記(4)は、1818年に刊行された。水深が記入された那覇港近海海図や渤海湾海図が挿入されている。また朝鮮や琉球の風俗を描いた彩色画も美しい。
付属データとして測量の成果である詳細な各地の経緯度や、気象観測日誌、地質調査、また乗り組みのクリフォード大尉が作成した琉球語・英語対照表も巻末に付されている。

当館では開館以来、横浜と、あるいは近代日本と諸外国との関係を明らかにする史料として、おもに各国の外交文書の調査・収集をおこなってきましたが、近年、これらに加えて陸・海軍省の史料にも注目するようになりました。たとえば幕末から明治にかけて横浜山手に駐屯した英仏陸海軍の史料や、薩英戦争や下関戦争時に各国海軍提督が本省と交わした文書、提督による日本の情勢分析、自国外交官との会談記録などが明らかとなるにつれ、外交文書だけではうかがい知ることができなかった事実が判明するようになりました。
このように海軍省史料の調査をすすめる中で、各国にのこる多数の19世紀の日本近海海図の存在を知りました。これらは19世紀初頭より活発な測量活動をおこなっていた欧米諸国の日本にたいする関心の高さをものがたるものです。今回の展示では、フィルムで収集したこれら多数の海図の中からおもなものを、複製で紹介しています。
ペリー日本遠征艦隊に加わった測量士官、W.L.モーリー大尉の測量日誌も出陳しています(当館蔵)。ペリーに課せられた任務のひとつに日本近海測量があり、その公式報告書『日本遠征記』の第2巻には琉球や箱館、下田、江戸湾、横浜湾の海図とともにモーリーの報告書が収められています。この中の江戸湾の海図は、はじめて同湾の奥まで測量した海図として各国の水路部に広まりました。イギリス海軍水路部が発行した同海図の1859年版と1863年の修正版を出陳しています(当館蔵)。
上掲写真の史料は、海上保安庁海洋情報部(旧水路部)所蔵の、1869年にイギリス測量船が作成した測量原図「鳴門及付近」です。作成から100年後の1969年、イギリス海軍水路部から寄贈されました。海洋情報部のご厚意で、同じく1872年作成の「兵庫及神戸錨地」とともに原史料で展示しています。
海図の文字は小さく細かな点まで確認しづらいこと、展示室の広さの関係で出陳できる海図に限りがあることから、おもな海図をデジタル・データ化し、パソコンで紹介するコーナーを展示室内に設けました。拡大・移動が自由にできますので、ご利用ください。
(中武香奈美)