「開港のひろば」第147号 |2020(令和2)年2月1日発行
- 企画展 横浜市新市庁舎完成記念 町会所から市役所へ―古地図と古写真に見る横浜の歩み―
- 企画展 町会所から市役所へ 展示に出品した資料の中から 小野兵助の日記 横浜真景一覧図絵 関東大震災と市庁舎 幕末の洲干(乾)弁天社境内の浮世絵と写真
- 横浜真景一覧図絵
- 関東大震災と市庁舎
- 幕末の洲干(乾)弁天社境内の浮世絵と写真 幕末の洲干(乾)弁天社境内の浮世絵と写真 (当館蔵)
- 展示余話 第二消防署の関東大震災―建物被害と消火活動― 関東大震災前の防火体制
- 展示余話 第二消防署の関東大震災 ―建物被害と消火活動― 地震発生と庁舎の倒潰
- 展示余話 第二消防署の関東大震災 ―建物被害と消火活動― 横浜公園
- 資料よもやま話 横浜貿易新報社と青年大会 (1)25周年記念青年大会
- 資料よもやま話 横浜貿易新報社と青年大会 (2)五郡青年団連合大会
- 資料よもやま話 横浜貿易新報社と青年大会 (4)県下青年団大会
- ミニ展示 享保期、横浜村の村びとと土地
- 資料館だより ▼企画展
資料よもやま話
横浜貿易新報社と青年大会
(4)県下青年団大会
横浜・横須賀両市を除く本県下各郡町村の青年団代表者を一堂に会し、1920年12月5日に横浜開港記念会館で開催した(同紙12月5日付2面・図3)。
142団体375名以上が参加した。「県下青年団一覧 大正10年10月」(『社会教育ニ関スル調査 第一輯』神奈川県庁教務課、1922年2月)によれば、1921年の郡部における青年団数は226団体、正団員数は53079名であった。大会一年前の記録ではあるが、参加団体142団体はその6割にあたる。
大会は、青年団の向上発展について、自由に懇談協議をすることを目的とした。協議会では、ほかの3回の大会のように横浜貿易新報社の掲げた議題だけではなく、青年会・団からの議案も検討された(図4)。①横浜貿易新報社が提出した議題として、県下青年団の連絡、会報発行、娯楽及び競技に関する件を協議した。このほか、②三浦郡西浦青年会提出の議題で、「憲政及び自治の内容を豊富にし併せて民力涵養の趣旨に適合する」青年読本の編纂を文部省に建議すること、③足柄上郡酒田村青年団提出の議題で、県下青年団印章を一定すること、この大会の年1回の開催を継続することがあげられた。①の最後の議案については、マラソン大会を開催することになったが、そのほかについては、選定された25名の委員により、さらに協議を行なった。その結果、①青年団の連絡については、横浜貿易新報社を通じ、「県下青年団連合」を県に申請する。会報発行については、「県下青年団連合」設立後、協議の決定や大会状況を周知すべく、横浜貿易新報社に発行を依頼することになった。②については保留。③の印章は否決、大会の継続には希望が出された。この大会ではほかにも、港湾見学会が開かれ、100名が参加した。余興も行なわれた(同紙12月6日付2・3面)。
4つの青年会の中でも特に、(1)25周年記念大会と(4)県下青年団大会が重要な大会であった。
(1)25周年記念大会は、都市部ではなく神奈川県内農村部の青年会の代表を一堂に集めた大会であり、県内では最初の青年大会であった。
(4)県下青年団大会では、青年会・団からの議案も取りあげ、活発に議論された。協議会の議事により、「県青年団連合」の発会にむけて、横浜貿易新報社が役割を担っていたことが分かる。この後、1922年には神奈川県青年団連合会が発足し、1924年9月に会報『武相の若草』が創刊された。
(上田由美)