「開港のひろば」第141号 |2018(平成30)年7月21日発行
- 表紙・はじめに
- 企画展 戊辰戦争と横浜 山梨、宮城、北海道に残る記録から 鳥羽・伏見の戦いと「安全」な横浜
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- 展示余話 明治初頭横浜の印刷物と活字
- 展示余話 明治初頭横浜の印刷物と活字 横浜毎日新聞受取証
- 展示余話 明治初頭横浜の印刷物と活字 『和英対訳書牘類例(わえいたいやくしょとくるいれい) 第1集』
- 資料よもやま話 『横浜貿易新報』の児童大会 はじめに
- 資料よもやま話 『横浜貿易新報』の児童大会 2 児童大会
- 資料よもやま話 『横浜貿易新報』の児童大会 3 巡回児童大会
- ミニ展示 昭和前期における金沢地域の霊場順拝
- 資料館だより ▼企画展
資料よもやま話
『横浜貿易新報』の児童大会
はじめに
横浜貿易新報社は、1910(明治43)年に三宅磐を社長に迎え、様々な社会文化事業を行なった。子どもに対しては、後藤春樹を起用し、児童大会・巡回児童大会を開催した。
後藤は、「絵話の大家」として知られ、絵を一枚ずつまくり上げる絵話を考案した人物とされる。横浜貿易新報社の児童大会においては、一時期後藤が中心的な役割を果たしたと思われる。彼が同紙に関わったのは、1918(大正7)年の児童慰安会からで、翌年には同社社員として、児童大会の地方巡回部主任となっている。同社には1927(昭和2)年頃まで所属したようである。
ここでは、大正期における同社の児童大会について紹介したい。
1 児童慰安会
横浜貿易新報社は、まず、家庭環境に恵まれない児童に対する慰安会を開催した。1918年1月8日に、市内の慈善団体(横浜孤児院・横浜保育院・相澤託児園・尋常恵華学院・警醒小学校附属児童教育所)の児童400人を常盤町にあった基督教青年会館に集め、児童慰安会を開催した。
『横浜貿易新報』1月9日付の紙面は落語や百面相、曲芸などの内容と後藤春樹による絵話の模様(図1)を掲載し、「美しく楽しき慰安会は児等が歓呼の裡に終った」と結んだ。
翌年も1月24日に、港町の浜港館で7団体(前年の5団体と尋常燐徳小学校、保土ケ谷家庭学園)600名の児童を招待した。前年同様に、後藤の絵話と奇術などが行なわれた。