「開港のひろば」第133号 |2016(平成28)年7月22日発行
- 表紙・はじめに
- 企画展 「横浜漆器」と内国勧業博覧会
- 企画展 「横浜漆器」と内国勧業博覧会 博覧会に出品された「横浜漆器」
- 企画展 「横浜漆器」と内国勧業博覧会 その後の博覧会で
- 展示余話 吉田新田の開発過程と資金調達 ―万治2年「請取申金子之事」を素材に―
- 展示余話 吉田新田の開発過程と資金調達 ―万治2年「請取申金子之事」を素材に― 開発工事の工程と「完成」の意味
- 展示余話 吉田新田の開発過程と資金調達 ―万治2年「請取申金子之事」を素材に― 開発資金の調達
- 展示余話 吉田新田の開発過程と資金調達 ―万治2年「請取申金子之事」を素材に―
- 資料よもやま話 避暑地を選ぶ ―102年前の横浜貿易新報社「県下避暑十二勝新撰」 推薦投票募集
- 資料よもやま話 避暑地を選ぶ ―102年前の横浜貿易新報社「県下避暑十二勝新撰」 避暑十二勝成る
- 資料よもやま話 避暑地を選ぶ ―102年前の横浜貿易新報社「県下避暑十二勝新撰」 「避暑号」発行と避暑十二勝誌連載
- 資料よもやま話 避暑地を選ぶ ―102年前の横浜貿易新報社「県下避暑十二勝新撰」 横浜市内の新十二勝地
- 特別資料コーナー オリンピックに行った横浜の郷土史家―栗原清一―
- 資料館だより ▼企画展
企画展
「横浜漆器」と内国勧業博覧会
内国勧業博覧会は政府によって開設された博覧会で、殖産興業政策の一環として開催された。第1回は明治10(1877)年に、第2回は明治14(1881)年に、第3回は明治23(1890)年に、それぞれ東京の上野公園で開催され、第4回は明治28(1895)年に会場を京都市岡崎町に移して開催された。最後の第5回は大阪市天王寺を会場にして、明治36(1903)年に開催された。いずれの博覧会にも工業製品・農産品・林産物・水産物・鉱産物など多くの出品物が全国から集められたが、出品物の中には伝統的な工芸品もあった。「横浜漆器」もそのひとつであり、ここでは明治10年代に開催された第1回と第2回の博覧会を例に取って、「横浜漆器」が博覧会でどのような評価を得たのかを紹介したい。
金子皓彦氏蔵