「開港のひろば」第125号 |2014(平成26)年7月16日発行
- 企画展 通商条約締結150周年記念 スイス使節団が見た幕末の日本 カスパー・ブレンワルド日記を中心に
- 企画展 カスパー・ブレンワルドの日記から −スイス人青年の見た幕末の世界と日本− スイスから日本への行程で
- 企画展 カスパー・ブレンワルドの日記から −スイス人青年の見た幕末の世界と日本− 井土ヶ谷事件とブレンワルド
- 企画展 カスパー・ブレンワルドの日記から −スイス人青年の見た幕末の世界と日本− 通商条約が締結された日の日記
- 展示余話 原富太郎と原富岡製糸場 青木富太郎の原家入婿
- 展示余話 原富太郎と原富岡製糸場 原富岡製糸場の商標
- 展示余話 原富太郎と原富岡製糸場 高格糸生産にむけて
- 展示余話 原富太郎と原富岡製糸場 巨大資本・片倉製糸
- 資料よもやま話 関東大震災と東海道線 アルバムの来歴
- 資料よもやま話 関東大震災と東海道線 東海道線の被害と復旧
- 資料よもやま話 関東大震災と東海道線
- 特別資料コーナー 横浜に里帰りした平山花火
- 資料館だより ▼企画展
展示余話
原富太郎と原富岡製糸場
原富岡製糸場の商標
富岡製糸場はフランスの技術を導入した模範的官営工場として明治5(1872)年に創業した。明治26(1893)年10月に三井家に払い下げられ、33(1900)年、共撚(ともよ)り式からケンネル式へと器械を改め、フランス式技術を転換した。明治35(1902)年9月に富太郎の手に渡り、「原富岡製糸場」と称することとなった。
原富岡製糸場の明治30年代後半〜40年代と思われる生糸商標〔図1〕は、官営期のデザイン、サイズをほぼ踏襲するものであるが、右肩に原が経営することを示す「H」のマークと富岡・名古屋・大紇・渡瀬の傘下工場名を明記したシールが貼られている。そして下部には生糸格付けを示す「EXTRA」と、原料種別を表示した「AUTUMN COCOON(秋繭)」の青文字がスタンプされている。生糸商標は、製糸場が長年横浜生糸市場で培ってきた信用の証であり、富岡のように高品位な「飛切」格を生産する製糸場は、いたずらに商標の更新はしないものである。それでも格付けと原料種別をスタンプして、より詳細な品質表示を指向していることがわかる。
タテ18㎝×ヨコ13㎝ 当館蔵
さらに大正期の原富岡製糸場の商標を検討すれば、その種類は三種ある。図2は器械糸の商標で、デザインは図1と同じで官営期を踏襲しているが、サイズはタテ・ヨコともに三分の二程度である。図3は座繰糸の商標で、桜と月を背景とした「TO」扇。図4は器械糸国内用でシンプルな「TO」扇。それぞれ「H」シールや、背景の月の色、「TO」文字で、各々一等から三等まで、計9枚が用いられていた。「飛切」格製糸の代表である原富岡製糸場においても、組合製糸の碓氷社が導入したような、商標細分化にある程度対応していたことが判明するのである。
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図2 生糸商標「原富岡製糸場」器械糸一等 大正期
タテ12㎝×ヨコ9㎝ 当館蔵 器械糸一等のシールは赤。「EXTRA CLASSICAL」の格付け表示がある。二等シールは青で「BEST EXTRA」。三等シールは緑で「EXTRA」。
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図3 生糸商標「原富岡製糸場」 座繰糸一等 大正期
タテ12㎝×ヨコ9㎝ 当館蔵 特約取引は、基本的に繭品質の優劣を問わず収繭することから、器械製糸の繰糸方針に不適な雑ぱくな原料を座繰器で繰糸したと思われる。背景の月は、一等が赤、二等が青、三等が緑。
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図4 生糸商標「原富岡製糸場」器械糸国用一等 大正期
タテ12㎝×ヨコ9㎝ 当館蔵
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