「開港のひろば」第120号 |2013(平成25)年4月24日発行
- 企画展 友好都市提携40周年記念 上海と横浜 波濤をこえて −夢・汗・涙が都市をむすぶ
- 企画展 「上海と横浜 波濤をこえて」展示資料から 上海をかいま見た高杉晋作
- 企画展 「上海と横浜 波濤をこえて」展示資料から 横浜商人の夢と涙−安部幸兵衛
- 企画展 「上海と横浜 波濤をこえて」展示資料から 上海経由の中国人洋裁職人
- 展示余話 「スポーツがやってきた!」展と寄贈資料 Y校漕艇部(そうていぶ)部歌と関係資料
- 展示余話 「スポーツがやってきた!」展と寄贈資料 ミッション・スクールとテニス
- 展示余話 「スポーツがやってきた!」展と寄贈資料 ウィリアム・ヘーグとシルバー・カップ
- 資料よもやま話 幕末・維新期の駐屯軍とスポーツ 駐屯軍と居留地社会との交流
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- 特別資料コーナー 残されたペリーの贈り物
- 資料館だより ▼企画展
資料よもやま話
幕末・維新期の駐屯軍とスポーツ
前回の企画展「スポーツがやってきた!」のプロローグでは、幕末に横浜外国人居留地防衛のため、フランス軍とともに横浜にやってきたイギリス軍が西洋のさまざまなスポーツを日本に紹介したことに触れた。
駐屯軍と居留地社会との交流
1863(文久3)年6月末頃に来駐したフランス軍に遅れること約半年、翌64(元治元)年1月に山手に駐屯を開始したイギリス軍は、75(明治8)年まで、約12年間横浜の山手に駐屯し、平時には居留外国人たちと交流の場をもった。
イギリス軍楽隊は海岸通り(現、中区山下町の山下公園通り)などで定期的に演奏会を開き、居留民たちに懐かしいヨーロッパの音楽を聴かせた。今日、よく知られているオペラ、例えば「魔笛」(モーツァルト作曲)や、「セヴィリヤの理髪師」「ウィリアム・テル」(ロッシーニ作曲)の序曲や抜粋が、すでに幕末の横浜で演奏されていた(笠原潔「幕末横浜居留地での英仏軍楽隊野外演奏曲目」『放送大学研究年報』第24、25号、2006、2007年)。
スポーツも盛んにおこなわれた。軍隊にとっては鍛錬の意味もあったのだろうが、娯楽の少ない居留民にとっては楽しい催しとなった。兵士たちが繰りひろげるクリケット、ボーリング、射撃、競馬、ボート、フットボール、ラケットゲーム、陸上競技等を観戦、あるいは参加し、楽しんだようすが当時、横浜で発行されていた英字新聞に報じられている。
競技のなかには日本で初めておこなわれたものも多く、今日では人気のスポーツとなったサッカー(フットボール)もそのひとつである。