「開港のひろば」第118号 |2012(平成24)年10月24日発行
- 企画展 事業を興せ! −近代ヨコハマ起業家列伝
- 企画展 資料でたどる起業家の足跡 “モノ”が語る起業家
- 企画展 資料でたどる起業家の足跡 外国製品の国産化
- 企画展 資料でたどる起業家の足跡 “場”と“人”を引き継ぐ
- 展示余話 リチャードソンのご子孫、初来浜 「生麦事件激震、幕末日本」展 一族として初の墓参
- 展示余話 リチャードソンのご子孫、初来浜 「生麦事件激震、幕末日本」展 記念講演会でのご挨拶
- 資料よもやま話 大正期における鶴見の水事情 京浜間の新興住宅地・生麦
- 資料よもやま話 大正期における鶴見の水事情 京浜電鉄生麦住宅地居住者組合
- 資料よもやま話 大正期における鶴見の水事情 「水汲夫」の雇用とその問題
- 特別資料コーナー 鉄村・村田家文書
- 資料館だより ▼企画展
展示余話
リチャードソンのご子孫、初来浜
「生麦事件激震、幕末日本」展
今年が生麦事件から150年目の節目の年となるため、当横浜開港資料館と横浜市歴史博物館(「生麦事件と横浜の村々」展)では、事件を取りあげた企画展示を、連携をとりながらそれぞれ開催し、好評裡に終了した。
展示では、事件の犠牲者となったチャールズ・リチャードソンの遺品である家族宛て書簡や家族写真などを本邦初公開することができ、2館を管理運営する(公財)横浜市ふるさと歴史財団は、遺品の貸出・出陳を快諾してくださったご子孫をロンドンからお招きした。リチャードソンの長姉の曾孫にあたるマイケル・ウェイス氏(83歳)と、その夫人のマリーゴールド・ウェイスさんである。ウェイス氏は編集者として長くイギリスの大手出版社に勤務された経歴をもつ。
一族として初の墓参
残暑厳しい9月初旬の1週間足らずの横浜滞在であったが、ご夫妻は一族として初めて山手の横浜外国人墓地に眠るリチャードソンの墓に詣で、その様子は新聞各紙や地元テレビで報じられた。また滞在中、鶴見区生麦の事件現場を歩き、生麦事件参考館を訪れた。当館と歴史博物館の生麦事件展見学の際には、他の展示資料にも関心を示し、熱心に質問をされた。外国人墓地資料館や山手資料館、生糸貿易のことを知りたいとシルク博物館も見学し、当館閲覧室では、事件当時に横浜で発刊されていた英字新聞を、メモをとりながら読んだりもされた。
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開港資料館の展示を見学
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リチャードソンの墓に献花
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生麦事件碑とウェイス氏
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歴史博物館の展示を見学。左端は鈴木歴史博物館長
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