「開港のひろば」第110号 |2010(平成22)年10月27日発行
- 企画展 ときめきのイセザキ140年 ―盛り場からみる横浜庶民文化―
- 企画展 賑わいを生み出すもの 大火のあとさき
- 企画展 賑わいを生み出すもの 喜楽座の躍進と苦悩
- 企画展 賑わいを生み出すもの 「伊勢ブラ」とにぎわい
- 展示余話 「横浜山手 コスモポリタンたちの1世紀」展から イギリス人医学生の「抑留日記」 「抑留日記」を残したデュア
- 展示余話 「横浜山手 コスモポリタンたちの1世紀」展から イギリス人医学生の「抑留日記」 横浜大空襲の記録
- 展示余話 展示記念連続講座の開催 横浜と東京の外国人社会
- 展示余話 展示記念連続講座の開催 関東大震災と横浜・神戸の外国人
- 資料よもやま話 APEC Japan 2010 in Yokohama 開催記念 館蔵絵葉書に見るアジア太平洋地域の諸都市 儁儕乕偺挿偄懌庢傝
- 資料館ニュース 「横濱開港新聞」が日本新聞協会賞を受賞
- 資料館だより ▼企画展示
展示余話
展示記念連続講座の開催
関東大震災と横浜・神戸の外国人
9月25日の第2回は震災研究の第一人者で『横浜の関東大震災』(有隣堂、2007年)を著された今井清一先生が、当時、横浜や神戸で発行されていた英字新聞や震災の諸報告書、アメリカ人商人O・M・プールの体験記(翻訳『古き横浜の壊滅』有隣堂新書、1976年)などを駆使して震災直後の横浜の様子や救援の動きについて分析をおこなった。
震災発生時に大桟橋に停泊中の、あるいは直後に入港した外国客船がすぐに救助にあたり、国籍に関係なく数千人規模の避難民を神戸に運んだこと、一方、神戸では外国人たちが素早く救援委員会を組織して避難民を受け入れ、早くも3日には横浜に向け水や食料品、医療品を積んだ救援船を派遣したようすなどが具体的数字をあげて紹介された。
英米軍艦も5日には横浜に到着し、救援活動を開始したが、日本海軍は大規模でかつ素早い救援活動を開始した米艦隊に警戒感を持ち、また地震直後から横浜港で無線使用を禁止するなど、罹災者救援には積極的でなかったとの指摘もあった。
(9月25日、中武香奈美記)