横浜市開港記念館

海外渡航

万延元年正月に渡米した幕府の使節団、庶民では、翌年香港へ英公使オールコックに同行した名前不詳の「小使(こづかい)」が最初。慶応2年4月に海外渡航が解禁、5月に花田新助が仮免許で米領事フィッシャーの夫人とともにアメリカへ渡った。正規の旅券第一号は、10月欧米巡業に旅立った軽業師(かるわざし)隅田川浪五郎(すみだがわなみごろう)が取得したもの。

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移民

1868年(明治元年)5月2日、グァム島へ渡った42名が第一号。直後の17日、ハワイへ向けて150名が出航した。ハワイ総領事ヴァンリードが幕府の許可を得て実施したものだが、新政府が許可しなかったので外交問題となった。