I.バッテーラ 現場たんけん・ペリーが横浜にやってきた
I.バッテーラ
もともと農漁村であった横浜村には、船が接岸できる設備はなく、ペリー一行もボートに乗り移って上陸するほかに手段はありませんでした。
バッテーラとはポルトガル語で、小ぶねを意味します。
日本人が描いたバッテーラの図①によると、10本のオールでこいですすむボートであったようです。

が描
いたバッテーラの図
なお、関西を中心にサバの押し寿司を「バッテラ」といいますが、これは押し寿司を小舟にみたてて、そう呼んだといわれています。