横浜市開港記念館

N.ペリーが持
も
ってきたお土産
みやげ
は?

嘉永かえい7年ねん2月がつ15日か(1854年ねん3月がつ13日にち)、ペリーがもってきたおみやげは、24艘せきの小舟こぶねにのせられ、横浜よこはまに陸上りくあげされました①。

そのなかで、もっとも大おおきな品物しなものは、約やく4分ぶんの1のスケールの蒸気機関車じょうききかんしゃでした。さっそく円形えんけいの線路せんろがしかれて、走はしらせることになりました。文明ぶんめいの力ちからで動うごく機械きかいに、日本人にほんじんは好奇心こうきしんを示しめし、屋根やねのうえに乗のって楽たのしんでいます。

電信機でんしんきも、近代文明きんだいぶんめいを理解りかいさせるものでした。応接所おうせつじょから1マイル(約やく1.6キロメートル)の距離きょりの電線でんせんがはられて、実験じっけんが開始かいしされました。日本人にほんじんは英語えいごやオランダ語ご・日本語にほんごがたちまちつたわることに目めをみはりました。ペリーがもってきた電信機でんしんきは、現在げんざいでも郵政博物館ゆうせいはくぶつかん(旧逓信総合博物館きゅうていしんそうごうはくぶつかん)に保存ほぞんされています。

その他ほかのおみやげには、望遠鏡ぼうえんきょう、柱時計はしらどけい、ピストルやライフル銃じゅうなどの武器ぶき、香水こうすい、お酒さけなどがありました。それらの多おおくは、黒船絵巻くろふねえまきにも描えがかれています。

Q.全部
ぜんぶ
みせます「黒船絵巻
くろふねえまき
」

これに対たいして、幕府ばくふや役人やくにんたちはアメリカ政府せいふに、つくえや本箱ほんばこ、すずり箱ばこ、香炉こうろ、食器しょっきなどを贈おくっています。