横浜市開港記念館

M.日米和親条約
にちべいわしんじょうやく
の目的
もくてき
ってなに?

ペリー①と幕府ばくふとのあいだで結むすばれた「日米和親条約にちべいわしんじょうやく」は、両国りょうごくの友好ゆうこうをうたい、互たがいの漂流民ひょうりゅうみんを安全あんぜんに送おくり届とどける約束やくそくのほか、米国船べいこくせんへの燃料ねんりょう・食料しょくりょう・石炭せきたんなどの提供ていきょうを下田しもだ・函館はこだてのふたつの港みなとでおこなうことなどを決きめたものでした。

アメリカは、太平洋たいへいようでクジラ漁りょうをおこなっていました。クジラからとった油あぶらは工業化こうぎょうかにかかせませんでした。さらにはヨーロッパ各国かっこくがアジア諸国しょこくに勢力せいりょくを伸のばしていることから、アメリカは太平洋たいへいように船ふねを就航しゅうこうさせて、遅おくれていたアジア進出しんしゅつへの足あしがかりにしようとも考かんがえていました。

「日米和親条約にちべいわしんじょうやく」には、貿易ぼうえきについての直接的ちょくせつてきな取とり決きめはありませんでした。しかし、この条約じょうやくにもとづいて領事りょうじとしてハリスが派遣はけんされ、ハリスが貿易ぼうえきの始はじまりに大おおきな役割やくわりをはたすことをかんがえると、「日米和親条約にちべいわしんじょうやく」は横浜よこはまが国際舞台こくさいぶたいに登場とうじょうする大おおきなきっかけになったといえるでしょう。